【MASTERキートン】 大人が読む大人のためのヒューマンドラマ

マンガ・アニメ

今まで読んだ漫画の中でベストの1作をあげなさいといわれれば、このタイトルを選ぶと思います。
1988年から1994年にかけて「ビックコミックオリジナル」で連載していました。
今からすればもう30年以上も昔の作品ではありますが、いまだに色あせない作品であります。

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作品の概要

原作は勝鹿北星さん、作画は浦沢直樹さん、というふうになっていたのですが、多少ややこしいことになっておりまして、基本的に浦沢直樹さん原作で脚本が勝鹿北星さん、浦沢直樹さん、長崎尚志さん、というふうに理解して間違いないかなと思います。勝鹿北星さんはさいとうプロでゴルゴ13の脚本も手掛けていましたので、こうしたストーリーの脚本は得意分野なのでしょう。ただし原作は初期のみで後半はほとんど脚本を提供していないというか、使用されていなかったようです。長崎尚志さんは当時の小学館の担当編集者です。

浦沢直樹さんは、この連載の後ビックコミックオリジナルで「Monster」の連載を開始するのですが、その作品を見ても当時のヨーロッパ、とくに東西ドイツ時代の情勢等にはかなりの知見をお持ちであることが感じられました。この「Monster」も素晴らしい作品ですが、やはり「Masterキートン」連載時のご経験やご苦労がかなり活かされたのだろうなと、勝手に解釈しています。

それほどまでにこの作品は当時の特にヨーロッパを中心とした国際情勢・社会情勢を細かく描いており、ベルリンの壁崩壊からの冷戦終結や湾岸戦争などがリアルタイムで展開していた時代のなかで、世界史や国際情勢についての知識を得ることにも大変役に立ちました。

ちょっとした知識といえば、例えば保険の由来についてです。もともと海難事故によって貨主が被る損失を補填するために、事故にあう、あわないでお金を掛ける取引を小さなコーヒーショップで行っていた、というものがいわゆる海上保険に発展し、その時のコーヒーショップがエドワード・ロイドという人のコーヒーショップだったことから、世界最大の保険会社であるロイズ保険組合は「ロイドの店」というのが由来だということですね。

これについて2012年以降に発表された「MasterキートンReマスター」でもロイズ保険組合の本社ビルの1階がリニューアルされておしゃれなカフェになっていることに主人公のキートンが「もともとコーヒーショップだったロイズがまたコーヒーショップに回帰したことが感慨深い。エドワード・ロイドが見たら感激するかも。」みたいな意味のことを話していたことが面白いです。もっともロイドさん自身はロイズ保険組合ができる前に亡くなっていますから、自分の名前が保険会社の名前になっていることなんかは知らない話ですけど。

このように紹介すると何か堅苦しい社会派の作品なのかなと思われるかもしれませんが、必ずしもそういったものばかりではありません。主人公は保険会社のオプ(保険調査員)ですから基本的には探偵もので、サスペンス色の強い話も多いのです。

この作品で特に魅力的なのは主人公:平賀キートン太一のユニークな経歴です。オックスフォード大学で考古学を学び、元英国陸軍特殊空挺部隊SASのサバイバル教官でイラン大使館人質事件やフォークランド紛争にも従軍した経歴を持ち、現在は大学講師をしながら保険調査員、という異色の経歴です。エリート軍人でなおかつ凄腕のオプでありながら、本人は考古学者でありたい、でも考古学者としての自分はなかなかうまくいかない、といった本人にとっては不本意な境遇にあります。

おもに保険調査の事件がらみでストーリーは展開するためサスペンス要素もふんだんにありつつ、登場人物たちが織りなす感動的な人間ドラマも楽しめます。話によっては主人公のキートンが全く出てこないで、父親の太平先生や一人娘の百合子さんが主人公として活躍する話も結構あります。

基本的には1話完結の短編形式なのですが、話によっては2話、3話と続くものもあります。これもたくさんの魅力的なエピソードがあって、それぞれに感動を味わうことができます。



また1998年にはアニメ化もされています。アニメの方は全39話です。アニメ化されていないエピソードも当然のことながらたくさんあります。

前回の記事同様に、とくに心に残っている好きなエピソードをいくつかご紹介します。

心に残るエピソード

「穏やかな死」
IRAでも凄腕の爆弾技師コナリーは休暇で訪れたとある田舎で出会った老人と何気ない言葉を交わし、翌日その老人の葬儀に参席します。棺の中の老人の顔をみた彼はロンドンに戻り、大型デパートに仕掛けられた自分が作った時限爆弾を爆発前に解体してほしいと、これまでに唯一自分の作った爆弾の解体をしたことのあるかつての仇敵に当たる元SASのキートンに依頼してきます。かつてIRAの英雄として革命のために戦死した祖父の生き様に憧れていた彼の心情を変えたのは、ただ一度出会って言葉を交わしただけの老人の穏やかな死でした。

「貴婦人との旅」
スイスのバーゼルに向かう列車で乗り合わせた老婦人、パスポートも持たない彼女はボヘミアの山林貴族でチェコの秘密警察に追われる身だといいます。散々に彼女に振り回されるキートンでしたが、彼女の素性は嘘で本当はチェコ人ではなく生粋のドイツ人だと見抜いていました。なんとか無事に国境を越えることができた二人でしたが、老婦人は別れ際にキートンにお礼だといって指輪を渡します。後で調べると、その指輪はザクセンの貴族ヴェルフ家に伝わる名石「ザクセン・ブルー」でした。
自宅の庭に東西ドイツの国境線を引かれたヴェルフ家はたまたま東側に息子が出かけていたため家族が分断された悲運の家でした。ヴェルフ家当主は息子奪還のため東側に潜入してそのまま消息を絶ち、夫人は夫の遺志を継いで東側でレジスタンスを組織し、追われる身となって現在も逃亡中だといいます。彼女が語った偽りの半生記よりも、真実はもっと過酷で悲しいものだったと、キートンは後から知ることになったのでした。そんな彼女の別れ際の言葉が心にしみます。
「あなたのような人を本当の貴族というのよ。さようならMR.キートン。本当にありがとう。」

「遥かなるサマープディング」
夏休みに田舎の別宅で過ごすキートンと百合子でしたが今回は父の太平もいっしょでした。今回は「別れた奥さんを取り戻すための合宿」だと百合子は息巻きます。そんなことはお構いなしで太平はそばにつけるわさびを、キートンは母のサマープディングを再現するためにミントを求めますが、今年は日照り続きで水が枯れて、わさび畑も母の秘密のミント畑も枯れかかっていました。二人は忽ちにして水をくみ上げるための風車を組み上げ、枯れかかった畑を救います。
キートンは蘇った母の秘密のミント畑に立ち、母が父と離婚して突然英国に帰った理由は、ただ単に故郷に帰りたかっただけだったのではなかっただろうかと、当時の母の気持ちに想いをはせます。

「FIRE & ICE」
キートンは、国民的英雄で“不敗のランナー”と呼ばれたチャールズ・ファイアマン卿の夫人からの依頼を受け、遺品の中から消えた東京五輪の金メダルを探し出します。メダルには「FIRE & ICE」と刻まれていました。捜査の末にそのメダルを回収しましたが、それはかつてファイアマンの唯一のライバルだった「アイスマン」ことブライアン・マクダネルから盗難届が出ていました。マクダネルは冷静な走りで知られた選手で、賞金レース出場を公言して代表資格を失い、陸上界を追われた過去を持っていました。実はそのメダルは、二人がオリンピック後も4年ごとに「二人だけのオリンピック」を開き、互いの誇りを懸けて競い合っていた証でした。
しかし夫人は以前の夫の話から、ファイアマンがかつてオリンピックの代表資格を失わないようにするため、自分が賞金レースにでたことを当時神父だったマクダネルに懺悔という形で告白したのでは、と推測し、マクダネルは本当は夫のことを恨んでいるのではないかと懸念します。キートンはそのことをマクダネルに尋ねますが、マクダネルは「彼は高潔な人物で、賞金レースに出たり、ましてや懺悔を悪用するなどするはずもない。」と話し、「彼は最高のランナーで、私のたった一人の友達だった。」と涙ながらに語ります。その言葉が、何ともいえず心を打ちます。

「アレクセイエフからの伝言」
スペインのある島のホテルで、センデルはキートンにベラスコという男を観察してほしいと依頼します。ベラスコは島一番の資産家ですが、正体はスペイン内戦時にソ連から派遣された軍事顧問トムスキであり、センデルやアレクセイエフと共に戦った元戦友でした。三人は固い友情で結ばれていましたが、戦況の悪化と帰国命令をきっかけに溝が生まれ、トムスキはソ連政府に反抗するアレクセイエフを密告し、自らは横領した財産を持ってスペインに亡命してベラスコと名を変えていたのでした。一方アレクセイエフはトムスキのためにソ連政府に追われ続け、やがてセンデルに「1998年3月19日までに私からの連絡がなければ、荷物を使って私の望みを果たしてほしい」と伝言と荷物を託します。荷物は爆弾でしたが、センデルはベラスコが孤独で寂しい老人に見えれば実行しないと心に決め、キートンに判断を託したのです。最終的に爆弾は砂浜で爆発させられ、その光はかつて三人で見た聖ヨハネ祭の花火を思い起こさせました。そしてその花火のような爆発を、別の場所から同じ想いで見つめるベラスコの姿がありました。友を裏切ってまで得た富や名声でしたが、彼はずっと後悔の中を生きてきたのだということが彼の涙で分かりますが、センデルはそのことに気が付いていました。なぜなら彼もまた、かつてアレクセイエフを裏切り、後悔の中で一生を過ごしてきたからでした。

「白い女神」
英国のとある島に、ロイズの遺跡鑑定人として派遣されたキートン。そこにはオックスフォード時代の旧友アンナが立てこもっていました。島に残る遺跡は一般にはケルト人のものとされていましたが、アンナはもっと古い「白い女神」信仰を持つ未知の民族の遺跡だと考え、長年かけて島の持ち主ラングレー卿を説得し、ようやく発掘を認められていました。しかし卿の死後、跡を継いだ息子は島にレース場を建設しようと計画、発掘を妨害し始めます。男勝りのアンナは抵抗し、自らの仮説を証明しようと奮闘します。彼女の母はチェコからの亡命者で、極貧の中で娘を育て上げた女傑でした。彼女は娘のアンナに、「あなたも自分の思うように生きなさい。それがいい女ってものよ。」と遺言を残していました。少女時代、母が語った「レジスタンスでナチスの戦車を撃退した」という話をアンナは半信半疑で聞いていましたが、妨害に来たブルドーザーを、キートンがその“戦車撃退法”で追い払ったことで、そのホラ話が真実だったと証明します。別れ際、キートンが「また連中が来たらどうする?」と問うと、アンナは「また戦うわ。」と答え、最後に「それがいい女ってものよ。」と笑います。その爽やかなアンナの笑顔が心に残る物語です。

「ハーメルンから来た男」他2話
この話は、実は史実だったのでは、とされる童話「ハーメルンの笛吹き男」に関わる話です。ジプシー連続変死事件を追うキートンがその過程で「ハーメルンの笛吹き男」伝承の真実と、ナチス時代に行われたジプシー大虐殺に関わる秘密と陰謀を解き明かしていく話で、非常に読み応えのある物語です。

「アザミの紋章」
スコットランドのスピー渓谷で伝承されるスコッチ卿アンガス・T・カーマイクルの悲劇と岩手県の天草神社に伝わる宝にある紋章と天草村に伝わる「天狗伝説」の奇妙な一致。どちらの話も妻と子供を失うという悲劇で、調べていくとどちらもアンガス・Tの話であることが明らかになってきます。ただし最後は少し救いのある終わり方になっているのがこの話の良いところです。

「デビッド・ホビッドの森」他1話
キートンは、SASのマドック軍曹から自決したラッド少尉の未亡人と息子ケンの警護を依頼されます。しかし二人を狙うのは、同じく元SASのベイリーとウッズでした。彼らはフォークランド紛争に従軍して同じ小隊に属した戦友であり、他に戦死したゴードンと頭部を負傷して入院中のキーンを含む六人が同じ小隊の仲間でした。やがてマドックは二人に殺され、キートンもまた襲撃を受けますが謎の存在に救われます。ケンはそれを「デビッド・ホビッド」だと語ります。デビッド・ホビッドとは、父ラッド少尉が息子のために書いた童話の主人公の宇宙人の名であり、ケンは森に住む彼が自分たちを守ってくれるといいました。実際にベイリーとウッズを相手に苦戦するキートンの前に仮面をつけた大男デビッド・ホビッドが現れ、二人を捕らえます。彼は自分は記憶をなくしていたが、仲間が会いに来て自分のやるべきことを思い出した、といってラッドから託された手紙を家族に届けます。そして手紙に同封されていたかつての小隊の写真を見て、「私はもう戦いたくない。彼らだって悪い宇宙人ではなかった」と語り、仮面の下から涙を見せて去っていきました。かつての戦争で深く心を傷ついた男の姿に、戦争の本当の残酷さを感じさせる作品です。

「シャトーラジョンシュ 1944」
ナチス占領下のブルゴーニュで戦場と化したシャトーラジョンシュ。そこで作られた1944年のワインは神の奇跡とよばれる最高のワインでした。神の思し召し次第の伝統的ワイン造りを捨てて近代的な科学製法でシャトーの経営を立て直そうとするシャトーラジョンシュは、1千万フラン(約2億円)の値が付くといわれる1944年物の最後の1本を抵当に大手の酒造会社から融資を受ける計画でしたが、少年時代に、使用人でありワイン造りの師であるリベロとともに1944年物を収穫した当主のヴィクトールは、引き渡しのセレモニーでその最後の1本をわざと落として割る、という行動にでました。その最後の1本は実はヴィクトールとリベロが神の助けが必要なほど大変な時に飲む、という約束でとっておいた1本でした。すべてがご破算になり、リベロが最後に飲もうといって抜いたワイン、それはまさしくあの1944年物でした。

「家族」
これは冷戦時代に特に東側の国家で横行していたドーピング問題を取り上げた話です。かつて東ドイツ代表としてソウル五輪で100M自由形の金メダリストとなったノイマンは内戦を逃れてきた旧ユーゴの難民とともにライプチヒの廃墟にただ死に場所を求めて暮らしていました。ここの難民たちはたびたび外国人の排除を叫ぶネオナチたちから迫害を受けていました。かつてのライバルだったイギリス代表のヴェンナーの依頼を受けてノイマンの捜索をしていたキートンはノイマンを見つけ出し、ヴェンナーからの招聘を彼に伝えます。しかし結局彼はネオナチからの迫害を受けながらも難民たちとともに暮らすことを選択します。ドーピングによって体と心がボロボロになったかつての国の英雄の悲しきその後が描かれています。

「赤い風」他1話
「裏切らない。」「嘘をつかない。」「逃げ出さない。」モスクワの小学校時代に教育実習のナタリア先生に同時に恋をしたミハイル、ニコライ、ラージンの3人は「立派な男の人になって下さい。」というナタリア先生との約束を守るために3つの掟を作り、ともに誓い合います。
時は流れ、ラージンはロシアの対外経済関係省の要人として英国の航空ショーに参加しますが、ボディガード2人が何者かに殺害され、キートンに警護を依頼します。しかし元SASの上官は、その手口が西側が最も恐れたKGB工作員「赤い風」のものだと警告し、関与を避けるようキートンに忠告します。やがてラージンのもとに「3つの誓い」が書かれたハンカチが届き、ラージンは混乱します。すでにこの誓いを知る二人、ミハイルとニコライはこの世にいないはずだったからです。
「赤い風」の正体は、過去を消されKGBに工作員として仕立てられたミハイルでした。彼はラージンの命でニコライを殺したのがボディガードだったと知り、その報復で彼らを殺害しましたが、ラージンを殺す意図はなく、誓いを破ったことを責めに来ただけでした。しかしラージンは「裏切ったのはニコライの方だった」と自分がニコライのために窮地に立たされた真実を明かします。過去を消されたミハイルにとっての唯一の心の支えが少年時代に友と立てた「3つの誓い」だったのですが、祖国ソ連の崩壊はその3人の運命も狂わせてしまいました。
やがてユージンに刺され、反射的に彼を殺めてしまったミハイルは最期に「ナタリア先生…俺たち3つの誓いを守れなかったよ…」とつぶやきます。

「フェイカーの誤算」
綿密な調査と周到な計画で仕事をこなす「一流」の当たり屋であるトラヴィスたちの一味はキートンの恩師であるベニントン教授を的にかけますが、実は彼は数日前に50万ポンドもする超高価な書籍を購入したばかりでお金はほとんど持ってませんでした。また同時に大学の次期学長選挙の候補にも挙がっていましたが、こちらもやり手の対抗馬、経済学部のステファン教授の巧みな選挙工作で、学長選挙も期待薄でした。トラヴィスたち「フェイカー」は回収のためベニントン教授の学長就任に陰ながら力を貸すことになります。ベニントン教授に頼まれてトラヴィスの看護を引き受けたキートンは、彼らのフェイクは早くから見抜いていましたが、はからずもベニントン教授の学長就任に尽力するようになったフェイカーたちをそのまま泳がせておいたのでした。
本来悪者であるはずの彼らが、ちょっとした誤算から自分たちの味方となった、というコメディ要素が心地いい作品です。

「心の壁」
この話も東西ドイツ分断による悲劇を描いた物語です。かつて東ドイツで研究員をしていたシュレイダーは援助組織の力を借りて西側に亡命することになりますが、その際に身重の夫人を東側に残さざるを得なくなりました。見せしめのために強制収容所に入れられた彼女は出産を待たずに死んだものと知らされていましたが、統一後に発刊されたある雑誌の記事によって彼女が子供を産んで生きていたことが判明します。シュレイダーはキートンとともに二人を探しに旧東ドイツに出かけますが、妻のルイーザはすでに亡くなっており、娘のローザは収容所から養子に出されていたことがわかります。
引き続きローザの消息を追う二人ですが、ローザは自分と母を捨てたシュレイダーへの復讐のため、すでにシュレイダー家に娘クララのベビーシッターとして潜入していました。しかしクララの言葉と彼女が口ずさむ歌によって、彼は自分と母を決して捨てたのではなかったことがわかります。シュレイダーも必死の調査の結果、ベビーシッターのハンナが実はローザであったことを知り、涙の再会を果たします。

「不死身の男」
ポーランド東部の山地でキートンが出会った老人はロシアン・マフィアに追われる身でしたが、自分を「不死身の男」と嘯き、「この危機を楽しもう。」といってロシアン・マフィアを撃退する豪快な人物でした。
やがて吹雪の中でビバークせざるを得なくなった二人ですが、老人はチョコレートのお礼だといって、キートンにロシア帝国最後の皇帝ニコライ2世が残したロマノフ王朝の財宝500トンの金塊の行方についての話をし始めます。通説を覆すロマンのある話と、老人のキャラクターが楽しい作品です。

「真実の町」
空港で鞄を取り違えられたキートンは、自分の鞄を取り戻すため間違えられた鞄の主であるラザフォードという人物を追って西野町という郊外の町へ彼を探しに行きます。ラザフォード氏は戦時中にここにあったという捕虜収容所を探しにやってきたようなのですが、自治体は捕虜収容所が存在したことは町のイメージダウンにつながるということで、その事実をずっと隠蔽してきたのでした。キートンは彼に協力して一緒に収容所の痕跡を探します。やがて町長の運転手だという人物が、自分は当時収容所で勤務していたといって彼を収容所跡地に案内してくれます。彼自身つらい思い出のある収容所をなぜ今頃訪ねる気になったのかわからなかったのですが、案内された収容所跡地に咲く大きな桜の木を見て、自分はただこの桜をもう一度見たかったのだと気が付きます。

「学者になる日」から「夢を掘る人」にかけての12話
これは最終話に続く一連の話で、いわゆる「ルーマニア編」です。チャウシェスクの隠し財産を示す「TA89」をめぐる物語で、ハドソン刑事や幼馴染の探偵チャーリーも巻き込んで壮大なスケールで話は進んでいきます。
キートンの考古学者としての夢、そして恩師である故ユーリー・スコット先生の夢でもあった「ドナウ文明」の発掘につながる感動の最終回です。

まとめ

紹介した他にもたくさんの良いエピソードがあります。もはやこれらは少し前の時代の話になってしまいましたが、確かに私たちが生きた時代に存在した事実に基づく話でもあります。

例えば、東西ドイツの分断とベルリンの壁崩壊による影響、東側の社会主義国家が行った非人道的な政策、ドーピング問題、内戦による難民問題、過激派によるテロ行為、捕虜収容所の隠蔽、深刻化する移民問題など。ここには挙げられていませんがパレスチナ問題などはまだ現在も続いています。

こうした事柄は間違いなく歴史といってよいわけですが、歴史の存在する意味はそこから正しく学び、そこから教訓を得て同じ過ちは繰り返さないことにあります。しかし今をもってしても必ずしもそうなっていません。ついこの間の出来事でさえ、正しく世の中に伝わっていないこともありますし、誤った解釈を平気でしている人たちもたくさんいます。

「デビッド・ホビッドの森」はフォークランド紛争に従軍した兵士が深く心に傷を負った話です。
2012年以降に発表された「MasterキートンReマスター」でもそのあたりのテーマについては触れられていて、キートンが一緒に従軍したかつての仲間とのやりとりがものすごく心に残りました。

「初めての戦闘のこと、おぼえてるかい。」
「忘れられないよ。」
「雄々しく戦った自分のことを誇りに思うかい。」
「いや、二度と思い出したくもないよ。」
「俺もだ。」


戦争を知らない人間にさえ、深く突き刺さる言葉です。ましてや戦争を知る人にとってはどれほどの想いでしょうか。私たちはこういったことからも、歴史からきちんと学ばなければならないのですが、歴史、歴史と声高に叫んで誰かを批判している人たちほど、何にも学んでないなあ、という気がするのは私だけでしょうか。

ただ「Masterキートン」のよいところは、こうした重たいテーマだけでなく、なんてことのない話もはさんでいるところです。ただアイスクリーム屋の屋台を追いかけるだけの話とか、もちろんそこにもちゃんとドラマはあるわけですけど。

「MasterキートンReマスター」はオリジナルストーリーから約15年経った後のことを書いているわけですが、結局キートンはドナウ文明の遺跡を発見したにもかかわらず、学会からは意外と評価されていないことや奥さんとの復縁も果たせなかったこと、また、離婚したことについてかつては父や祖父を責めていた百合子さんが、実は自身も離婚していた、ということがわかるところも何か面白いですね。

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