『オーイ!とんぼ』 – 型破りなゴルフを”楽しむ”天才少女が織りなす新時代のゴルフ漫画

マンガ・アニメ

これはゴルフ漫画で、しかも『週刊ゴルフダイジェスト』で連載されているというので、ゴルフに興味のない方からは敬遠されそうなんですが、この作品に関しては全くそんな感じはありません。ゴルフに興味がない人でも十二分に楽しめると思います。「でも結局ゴルフなんでしょ。よくわからない。」そういう先入観を吹き飛ばしてくれるのが、『オーイ!とんぼ』という漫画です。

原作:かわさき健、作画:古沢優による本作は、『週刊ゴルフダイジェスト』で2014年から連載され、2024年9月時点でシリーズの累計発行部数は210万部を突破している人気作品です。2024年にはテレビアニメ化もされ、コミックスは59巻まででており、今後の展開にもさらなる注目を集める名作です。

この作品の何がいいのか、少し語らせていただきたいと思います。ゴルフに興味のない人でも十分楽しめる作品と書きましたが、当然ですがゴルフ好きにとってはよりいっそう楽しめる作品です。

物語の舞台と主人公

鹿児島県のトカラ列島で育った天才ゴルフ少女・大井とんぼが、職を求めて島にたどり着いた元プロゴルファーの五十嵐に才能を見出され、競技ゴルフの世界へと羽ばたいていくという、王道のサクセスストーリーが本作の骨格です。

©かわさき健・古沢優/ゴルフダイジェスト社

とある”事件”からプロゴルファーの資格を剥奪され、世間から逃げるように鹿児島県トカラ列島に移り住んだ五十嵐(イガイガ)は、”日本最後の秘境”とも言われる島で、天真爛漫な女の子、とんぼと出会います。島の住人の手作りの3ホールしかないゴルフコースで、3番アイアン1本であらゆるショットを繰り出すという天才少女のプレーにゴルフを捨てたはずの五十嵐は魅了され、この少女を表舞台に出したい、と思ってしまうのでした。

この設定だけでも心が躍りますが、『オーイ!とんぼ』の魅力はそれだけではありません。主人公とんぼのキャラクター、物語の展開、そして作品全体に流れる独特の雰囲気が、読者を惹きつけて離さないのです。

とんぼというキャラクターの魅力

主人公の大井とんぼは、常識にとらわれない自由で個性的なゴルフをする少女です。3番アイアンしか使わないことには、とんぼの心の奥深くに秘められた辛く悲しい過去が関係しています。この過去が物語に深みを与え、とんぼというキャラクターをより立体的にしています。

なぜ3番アイアンなのかというと、これが父が残してくれた唯一の形見だからです。ゴルフをする人なら心当たりがあると思いますが、要するに3番アイアンは難しいので、とんぼの父はこのクラブをセットから抜いて家に置いていったまま出かけたのです。そしてそのまま帰らぬ人となりました。

原作者のかわさき健さんによると、とんぼはスコアやスイング作りや結果にとらわれずに「純粋にゴルフを楽しんで」おり、「自分にとって理想のゴルファー像」が描かれているとのことです。

ゴルフに関する一切の情報を入れないで、ただ単にボールをクラブで打つ、ということだけしか知らずにゴルフを覚えたのです。この純粋さこそが、離島で育ったとんぼの最大の魅力です。

競技ゴルフの世界では、スコアを追い求め、完璧なスイングを目指し、勝利のために戦略を練ることが当たり前です。しかしとんぼはただゴルフを楽しんでいます。ボールを打つ喜び、自然の中でプレーする幸せ、そして何より、ゴルフそのものを愛している。この姿勢が、周囲の人々を変えていくのです。

ゴルフ漫画を超えた人間ドラマ

『オーイ!とんぼ』の魅力は、単なるゴルフ漫画の枠を超えているところにあります。かわさき健さんは本作について、ゴルフ漫画だがゴルフ漫画ではなく、題材がたまたまゴルフと話しており、作画の古沢優さんと作品作りにおいて「漫画として面白いものを描きたい」と話したということです。

これは非常に重要な点で、多くのスポーツ漫画は、そのスポーツのルールや戦略、技術に焦点を当てます。しかし『オーイ!とんぼ』はそれだけではなく、それ以上に、登場人物たちの成長、葛藤、友情、そして人生そのものが描かれているのです。

島を出ることを恐れていたとんぼが、プロ志向のつぶらとの出会いを機に、外の世界に興味を持ち、島を出て高校へ入学してゴルフをすることを決める過程は、まさに少女の成長物語です。新しい世界への不安、それでも一歩を踏み出す勇気、そして支えてくれる人々との絆。これらの要素が、読者の心に深く響くのです。

魅力的なキャラクターたち

『オーイ!とんぼ』に登場するキャラクターは、どれも個性的で魅力的です。
それぞれの場面で登場するキャラクターはそれぞれに事情を抱え、それぞれの目的や信念をもってゴルフに向き合っています。それぞれのドラマも見る人を感動させます。

元プロゴルファーの五十嵐は、過去に傷を持ち、家族を失い、ゴルフ界を追放された身の上ながらも、とんぼの才能を見出し、彼女を導く師匠役を果たしていきます。かつて息子がプロゴルファーになりたいといってきたときに、息子の指導もせず努力をないがしろにしたことがあり、そのことをずっと後悔しているようです。そのときに息子が捨てたサンドウェッジを大切に持っており、そのウェッジをとんぼに与えます。

とんぼの最大のライバルであり親友である安谷屋つぶらは、とんぼとは対照的に、努力と練習を重ねて技術を磨くタイプのゴルファーです。つぶらとの出会いがとんぼの生き方を大きく前進させました。つぶらのプレースタイルは徹底したコースマネジメントを全く曲げない球で実践するタイプで、鋼のメンタルの持ち主です。スタイルは全く正反対ながら、お互いがお互いを認め、信頼し、負けたくないと思っています。

決して裕福な家の生まれではない彼女は自分にゴルフをさせてくれた父親に恩返しをする、そのためにゴルフに全力を傾けます。つぶらが初めてトカラに来た時、別れ際にとんぼに5Wを与えます。とんぼはこのクラブに「つぶら」と名付けています。

クタさん。漢字では「垢多」と書くようです。本人がそう名乗っているのは世間の垢にまみれすぎた、ということらしいのですが、今は余計なものをすべて捨てて、トカラでももっとも辺鄙な島の悪礫島のさらに奥地に世俗を避けて住み着いている変人です。もともとゴルフ関係のカメラマンで、火之島の3ホールのゴルフ場を設計した本人です。悪礫島にも1ホールだけショートホールととんでもない難度のパッティンググリーンを作っています。別れ際にとんぼにパターを使ってほしい、といってパターを与えました。

クタさんからパターをもらったことで、3番アイアンだけだったとんぼのクラブは5W、サンドウェッジ、パターの4本になりました。人との出会いごとに1本づつクラブが増えていくのも感慨深いです。

音羽ひのきはとんぼの同じ高校の一年先輩で『武蔵塚ゴルフ練習場』のレッスン生です。ゴルフに関しては父親から過度のプレッシャーを与えられていて、ジュニアゴルファーにはありがちな感じです。母親が失踪しており、ゴルフで有名になって母親を呼び戻したいという父の願いもあるようです。父親からの過度なプレッシャーのために不正をしてしまいますが、実は父こそが何よりも不正を嫌う人間だったのでした。彼女も競技ゴルフで不正をしたという過去を乗り越えて、今後ひたむきにプロゴルファーを目指していくことになります。

島道子さん。毎年九州女子の予選に出場するおばさんゴルファーです。この人のエピソードがアニメ版では一部カットされていたのが残念でした。自分が運転する車で旦那さんと姑さんを死なせてしまった過去があり、舅さんには常に申し訳ないという気持ちで日々を過ごしています。旦那さんの死後にゴルフを愛する旦那さんからのプレゼントとしてクラブセットが届きました。それで旦那さんの好きだったゴルフを始め、一年に一回だけ競技ゴルフに参加することにしています。九州女子に参加するときは子供を舅さんに任せることになるので、ゴルフをすることにずっと後ろめたさを感じていますが、舅さんが孫に向かって話した言葉がすごく感動的でした。

「じいちゃんの家族を奪っちゃったってママは時々泣くよ。」
「そうか、でもママは忘れていることがひとつある。真一郎が私の息子であるように道子さんも私の娘なんだ。自分の子供が好きなことをやるのを応援しない親がどこにいる?」
このシーンカットされてたんですよね。。。

熊本の高校に入学したとんぼは、『武蔵塚ゴルフ練習場』のオーナーである有働九五郎の家に下宿することになります。この有働家のみなさんがみないい人なんですよ。

九五郎さんは数々のジュニアをプロに送り出した九州ゴルフ界の重鎮ですが、かつて自分の顔に泥を塗った五十嵐の頼みを聞き、とんぼを受け容れてくれました。奥さんの八々さんはアニマル柄をこよなく愛する大阪のおばちゃんならぬ熊本のおばちゃんです。豪快で明るく料理上手な肝っ玉母さんです。

長男のはじめさんはレッスンプロで、才能と技術がありながらイップスによりツアープロをあきらめた過去があります。ジュニアの育成に生きがいを感じており、技術的な分析力も優れています。

長女の二子女さんは現役のツアープロで、予選落ちするたびに落ち込んで実家に帰ってきて、とんぼの部屋に居候することになります。ツアープロの間でも面倒見がよく、皆に好かれる性格でとんぼにも姉のように接しますが、なかなか勝ちきれなかった彼女もとんぼとの出会いがきっかけでツアープロとして一皮むけることになります。

とんぼは離島から熊本にきて、競技ゴルフの世界に足を踏み入れ、今後ステップアップしていくと同時に様々な魅力のあるキャラクターとであっていくことになります。そのキャラクターのバックストーリーがそれぞれに興味深く感動的です。そういうところがどこか「鬼滅の刃」にもにたところがありますね。その点がただのゴルフだけの漫画ではなくゴルフに興味のない人でも人間ドラマとして楽しめるところです。

競技ゴルフの世界へ

物語が進むにつれて、とんぼは様々な大会に出場していきます。初めての競技ゴルフ「九州女子選手権」に出場し、7本のクラブで優勝し、一躍有名人となります。その後も、「日本女子アマ選手権」、「日本ジュニアゴルフ選手権」と、より高いレベルの大会に挑戦していきます。ちなみに7本のセッティングは以下。

©かわさき健・古沢優/ゴルフダイジェスト社

日本女子アマ選手権では、「鳴寂」という名で双雲寺という寺で坊主をしている女子・猪股幸と出会いました。彼女は傷害で少年院に入っていたのですがゴルフで更生し、48インチの長尺ドライバーを武器に優れた飛距離とアグレッシブなゴルフで競技に臨みます。彼女のバックストーリーも非常に感動的でした。

彼女は家庭内暴力をふるう父親を刺して少年院にはいっていたのですが、自分を捨てて家を出た母親のことも恨んでいました。世の中のすべてを恨んで過ごしてきたところを双雲寺の和尚に拾われてゴルフで更生をしたのでした。ゴルフで有名になって失踪した母親を見返してやりたい、といっていたのですが、本当の気持ちはただ母親に会いたかっただけでした。実際に母親が会いに来て、いろいろ恨み言をいうつもりが怒りは沸いてこず、ただうれしかっただけだったと打ち明けました。そして7歳で両親をなくしたとんぼに 「もしお母ちゃんに会えたらどないしたい?」と尋ねます。とんぼは「ぎゅっ、てしてもらいたい。」と答えます。幸は「今度は俺もそうしてもらうわ。」と返し、「お母ちゃんて、ええ匂いするもんな。」と、涙を流します。このシーンも涙なしには見れません。

©かわさき健・古沢優/ゴルフダイジェスト社

このような感じで、様々な背景を持つゴルファーたちとの交流を通じて、とんぼは人間として、ゴルファーとして成長していくのです。

ゴルフ描写の素晴らしさ

この作品のよいところですが、それはかなりゴルフ理論が正確に描かれていて、そうとうレベルの高いことをさらっと描写しているところです。

実際にYou Tubeの動画などでとんぼのショットをプロが再現する動画などはいくつか上がっています。
また、井上莉花さんや加藤みなみさんなどのプロゴルファーがとんぼのアニメをレビューする動画をあげていますが、その中でも「かなりレベルの高いこと言ってる。」「すごい勉強になる。」とコメントをするなど、技術面の理論的な正確さやレベルの高さを絶賛しています。

とんぼは天才少女といえども、ゴルフ漫画にありがちな現実離れしたショットや奇跡的なショットを連発したりするわけではありません。つまり決してファンタジーではなく、理論的にきちんと成立していて、実際に再現しようと思えばできることなのです。ただ実際にやるのは相当難しいですが、そのあたりが天才といわれるゆえんです。強いていえばボールコンタクトの正確さが天才的です。あとはすべてを自らの経験からこうすればこういう球が出る、というふうに会得してきたことで、理論的な裏付けは何もないのですが、それがことごとく合理的なので、天才的な感覚でそれらを身に着けたということなんですね。

まずゴルフを始めた人はまっすぐの球を打ちたいものですが、とんぼのゴルフは先ずそれがありません。曲がるのが前提で、どうやったらどう曲がるか、ということでゴルフを楽しんできたのです。作品のなかにもでてきますが、「どういうスウィングをしたいか」ではなく「どういう球を打ちたいか」という根本的な考え方の違いなのです。

また、こうしたとんぼのゴルフは日本ジュニアの舞台となった超名門ゴルフ場、霞が関カンツリー倶楽部のパトロンたちに非常に好評で、それは人生の成功者といわれるこのコースのメンバーにとっては、とんぼのゴルフは自分たちが夢中になった往年の名ゴルファーたちのゴルフを思わせるものだったからです。

実際、とんぼのゴルフはセベ・バレステロスのゴルフがモデルとされているようです。日本ジュニアではパトロンたちにセベ・バレステロスだけでなく、アーノルド・パーマーや林由郎を思わせるプレーを見せて感動させていました。ほかにもリー・トレビノや「『ゴルフ』は『ゴロフ』」の名言を残した青木功、杉原輝夫などの往年の名プレイヤーを感じさせるゴルフということで老人たちから評価されています。

ただし当たり前に現代のゴルフを現代の理論で覚えた人たちには、ことごとく「何考えてるんだ。」、「何をするかわからない。」と非常識さを責められていますが、それもまたおもしろいですね。

まとめ – すべての人に読んでほしい傑作

『オーイ!とんぼ』は、ゴルフ漫画という枠を超えた、普遍的な成長物語です。ゴルフのルールを知らなくても、ゴルフに興味がなくても、十分に楽しめます。なぜなら、この作品の本質は、一人の少女が新しい世界に飛び込み、様々な人々と出会い、成長していく姿を描いた人間ドラマだからです。

とんぼの純粋さ、五十嵐の献身、つぶらの努力、そして様々なキャラクターたちの個性が絡み合い、素晴らしい物語が紡がれています。読み進めるうちに、きっとあなたも、とんぼを応援し、彼女の成長を見守りたくなるはずです。

2024年4月から6月までテレビアニメの第1期(トカラ編)が全13話で放送され、第2期(九州女子選手権編)が同年10月より全13話で放送されました。アニメから入るのもいいですし、原作漫画をじっくり読むのもおすすめです。

まだ読んでいない方は、ぜひ一度手に取ってみてください。ゴルフをする人はもちろん、しない人でもきっと、とんぼの世界を十分たのしむことができると思います。

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